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僕の音楽史(184)

【1993年】

 武田、阿部、荻原、宇山の4人の活動は前回ご紹介した新宿Jのライブを最後に活動を休止しました。そして、新しいメンバーを考えていました。ずっとギター、ピアノ、ベース、ドラムスのカルテットでやってきたので、少し違う編成でやってみようかなと考えていました。

 そう考えたのはたまたま買った2枚のCDが大きな理由でした。

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 「デイブ・ストライカー」というギタリストを知ったのは多分ジャズライフ誌の記事だったように記憶しています。「パット・マルティーノ直系の...」みたいな記事に少し興味を持って、何気なく購入したのだと思います。正直、あんまり期待はしていませんでした。今までこの手の記事に誘われ、何人かのギタリストのCDを買ってみましたが、気に入ったギタリストはいなかったからです。

 確かに笑っちゃうくらいマルティーノのフレーズを弾いていました。僕がマルティーノのコピーし、よく弾いていたフレーズを彼も全く同じく弾いていたりしてw、「情報源が同じなら無理もなかろうw」なんて感じで親近感が湧いたりしました。フレーズは確かにマルティーノ直系でしたが、ノリやグルーブはマルティーノとは異質で、もっと粘っこく、ベッタリした感じです。今まではあまりこの手のノリのギタリストは好きではなかったのですが、ストライカーはなんか気に入ってしまいました。

 この2枚はともに「スティーブ・スレイグル」というアルト・サックス奏者がいて、素晴らしいプレイを展開していました。ギターとのユニゾンやハモ等テーマは適度にアレンジされていて、「ギタリストのリーダー・アルバムに客演している」という感じではなく、バンド・サウンドとして実にカッコ良いものでした。

 スティーブ・スレイグルというアルト吹き、実はこのアルバム以前にもマイク・スターンとのコラボ・アルバム「ハイ・スタンダーズ」を随分と愛聴していたこともあって、大好きな奏者でもありました。

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 「よし、今度はカルテットではなくクインテットで、アルト・サックス奏者を入れてやってみよう」と決めて、メンバーを探し始めました。


 
 

僕の音楽史(183)

【1993年】

 前回の続き、このバンドでの最後の演奏、1993年10月23日新宿Jからの演奏です。

 ベーシスト荻原さんのオリジナル「A Fair Love Affair」です。



 このテープ、実は不具合のあるビデオデッキで再生したことが理由で1〜2ステージの演奏収録部分に傷を付けてしまい、再生時に雑音と演奏の乱れが定期的に入ってしまいます。前回アップした2曲は3ステージ目の演奏だったので、大丈夫だったのですが、今回は所々入ってしまうことをご了承ください。

 彼は本当に素晴らしいコンポーザーで、この曲はこの日ライブで初めて演奏した曲です。その後、彼と演奏の機会は残念ながら一度もありませんので、これが最初で最後の演奏ですね。譜面はまだ持っています。初期のPat Methenyの曲を彷彿させるとても大好きな楽曲でした。今ならもう少しまともなギタープレイができると思いますw。コード進行を追って行くのが精一杯な演奏ですね。楽曲の理解が足りていないことをこちょこちょ弾いてごまかしている感じですw。荻原さん、ごめんなさい!

 もう1曲彼のオリジナルで「Helen Knew R.Y.E」ってのがあって、こちらは何回も演奏していた楽曲でもっと良い演奏ができていたのですが、あまりの雑音のひどさにアップするのを断念しました。かわりに「Vera Cruz」をアップしておきます。



 このライブの後数ヶ月後に荻原さんはアメリカと旅立って行きました。

 今思い出しても素晴らしいバンドだったと思います。僕の音楽活動も一つのピークを迎え時期でした。そんな中でベースの荻原さんの力は大きかったと思います。一応僕がリーダーでやっていましたが、音楽的なイニシアティブは彼が取っていたと思いますし、一緒に演奏していて勉強になったし、影響を随分と受けました。ありがとう!

 次のバンドはずっとギター、ピアノ、ベース、ドラムスのカルテットでやってきたので、少し違う編成でやってみようかなと考えていました。
 
新宿J

僕の音楽史(182)

【1993年】

 このバンドは結成して間もない頃からオーストラリア演奏旅行が終わった後に解散することに実は決まっていました。ベーシストの荻原さんのアメリカ留学が決まっていたからです。彼はこの年、東京工業大学大学院理学部博士課程修了後、アメリカのロチェスター大学に研究者として渡米することとなりました。現在はマイアミ大学コンピュータサイエンス学科教授としてこの時から現在までずっとアメリカに在住しています。

 オーストラリア演奏旅行から帰って来た後にどこか都内でライブをやりたいとあらかじめ考えていました。オーストラリア凱旋ライブにもなるし、イベントでの演奏ではなく、いわゆる「ライブ」というものを「このメンバーでの最後」として絶対にやっておきたいと考えていました。いくつかのライブハウスに事前にコンタクトを取っていましたが、そんな中で「新宿J」から連絡が来ていたので、このメンバーでの「1回切りの最後のライブ」の場として決めました。また、オーストラリア演奏旅行にも一緒にツアーしたボーカル「清水貴和子」さんにも出演してもらいました。

 お店は当時、ライブ演奏をビデオテープに収録するサービスを提供していましたので、記念として録画してもらっていました。当時のアナログ時代の動画でクオリティはもちろん高くはないのですが、今となっては映像に収めておいて本当に良かったと思います。

 何十年ぶりかにこのテープを早送りで回し、セットリストを確認してみました。


1st
The Great Stream
One For Us
Nancy(Piano Trio)
Day By Day(with K.Shimizu)
But Not For Me(with K.Shimizu)
Helen Knew R.Y.E(by M.Ogihara)

2nd
Turnaround(Guitar Trio)
There Is No Greater Love
A Fair Love Affair(by M.Ogihara)
Satin Doll(with K.Shimizu)
My Funny Valentin(with K.Shimizu)
Vera Crutz

3rd
Young And Fine(Steps Version)
Stella By Starlight(Piano Trio)
Secret Love(Guitar Trio)
You'd Be So Nice To Come Home To(with K.Shimizu)
God Bless The Child(with K.Shimizu)
Cantaloupe Island

今回と次回でこの時のライブ動画から何曲か選んでご紹介します。

まず今回は既に数年前にYoutubeでアップロード済みの「Young And Fine」と「Cantaloupe Island」を改めて!






新宿J

僕の音楽史(181)

【1993年】

 9月30日東京を離れて8日のオーストラリア演奏旅行は大きなトラブルや事故もなく終わりました。僕はカミさんと当時3歳の長男を自費で連れて行ったこともあり、台東区の同行者の方々には色々とご面倒かけてしまいましたが、嫌な顔一つ見せずご対応いただきました。大変ありがとうございました。今考えると素晴らしい思い出になりました。

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 10月8日(金)の夜、成田に着き、なんと翌日は横浜ランンドマークホールでコンペティション(本選)です!

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 メンバーはどう思っていたかわかりませんが、正直いうと応募したことを後悔していました。何故かというと体力的に非常にキツかった、そして気力も萎えていました。個人的にはあまりに疲れすぎていました。

 結論を先に言ってしまうと、本選に進んだ7バンド中で3番目(The Third Prize)を頂きました。言い訳がましくなりますが、浅草や吉祥寺に比べると参加メンバーのレベルも高かったと思います。また、選曲も僕にはハードルが高かったなと思います。

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 演奏した曲は「フットプリンツ」「Helen Knew R.Y.E (ベース荻原のオリジナル)でしたが、これも後で考えるとどうだったのかなと思います。この日に備えてオーストラリアで何回か演奏していましたが、「フットプリンツ」はどうも苦手でした。一方、荻原さんのオリジナル、ピアノのイントロから始まり、テーマはマイナー、サビでメジャーに変わるといった比較的得意なコード進行で大好きな曲ではありましたが、コンテストでオリジナル曲を演奏するのは少し難しかったのかなとも思いました。

 やはり浅草や吉祥寺のコンテストの時のように、「獲りにいく」つもりでないとダメなのだなと感じました。

 そしてこのバンドでは「新宿J」でのライブを残すのみとなりました。

 
 

僕の音楽史(180)

【1993年】

 今回はオーストラリア演奏旅行の写真とライブ演奏の音源ご紹介ですね。

 写真はあまり枚数がなく、良い写真もあまりなかったのですが何枚かを下にご紹介します。ところどころ写真の中に登場している幼児は、当時3歳で今回のツアーに同行した僕の長男です。彼はもう30歳になったのですから、いかに年月がたったかってことですね。

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 オーストラリアのライブ音源を2曲紹介します。録音位置の関係か、ギターの音量が多少小さいのはお許しください。ただ、白熱した演奏の雰囲気は伝わると思います。

 1曲目はチックコリアの「Matrix」です。この演奏の時の記憶ですが、確かベースの荻原さんが急に「武田さん、何かブルースやりませんか?」と言ってきました。僕はブルースでテーマを弾ける曲はあまりなかったので、阿部君にテーマを取ってもらう事にして、選曲を他の3人に委ねました。結果がこのMatrixでした。僕は当時は恥ずかしながらこの曲は知りませんでした。とりあえずキーはFとだけ聞いて演奏しました。この曲、この時1回限りの演奏で、その後バンドでも個人的にも一度も演奏したことはありませんでした。



 どうですか?ずっとエレピを弾くことが多かったので、消化不良だったピアニスト阿部君がもう炸裂しています。荻原さんのベースももう最高ですね。ベースソロからラインに入るあたりのスリリングさはたまりません。宇山君のコンテンポラリーな4ビートも他のメンバーを煽り立てます。武田も最後は切れていますw。

 2曲目は当時よく演奏していたミルトン・ナシメントの「VeraCruz」ですね。阿部君のバッキングが素晴らしいですね。宇山君の切れ味も素晴らしいと思います。



 今日までいろんなメンバーと「武田謙治グループ」として活動してきましたが、今聴き返してもこのバンドは最強だったのかなと思ったりしてます。とにかく皆若くて勢いがあったと思います。

 オーストラリアに行く間際で本選大会出演が決まった「横浜ジャズプロムナード」の演奏曲目をツアー中に連絡する必要があって、メンバーと話し合い「Foot Prints」「Helen Knew R.Y.E(ベース荻原さんのオリジナル)」の2曲に決め、ホテルからFaxしました。当時はまだインターネット社会ではありませんでしたので。

 
プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に師事し、各種コンテストにも参加。
【主な受賞歴】
浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
横浜JAZZプロムナード '94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。2014年夏より活動を再開。現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブ活動中。


【ギター教えます】
 僕は有名ミュージシャンではないですが、ずっと独学でやってきて「ジャズのアドリブが全くできない」とか「そこそこ弾けるようにはなったが、なんかジャズっぽくないなー」など、自分のギター・プレイに不満な方や伸び悩んでいる方の気持ちは一番わかっているつもりですし、そんな方達の手助けができるかなーと感じています。また、このブログで連載している「Pat Martino奏法研究」や「ジャズギター裏口入学」等について「もっと詳しく教えてほしい!」とか「一週間に一回ペースの小出しでなく、時間をかけてじっくり教えてほしい」みたいな人にも力になれるかな?と思ってます。

 東京都杉並区に住んでいますので、通える方は僕の自宅、遠方の方や通うのは大変という方に「Skype」で教えています。レッスン頻度は教わる皆様に合わせて決めています。

 興味のある方はメールやメッセージ、もしくはブログのコメント送信等どんなやり方でも良いのでご連絡くだされば詳細をお伝えいたします。

 それではお待ちしています!!

Mail : rymk.takeda@gmail.com

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