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僕の音楽史(219)

【2014年7月】

 沼袋のOrganJazz倶楽部でのライブが決まり、グランド・ピアノがあるお店ということもあり、絶対にピアノを見つけなくては!と思いました。

 ドラマーの西尾さんがピアニスト阿部義徳君のメールアドレスを教えてくれました。「最近連絡取ってないから、返信あるかわからないが」ということでしたが、送ってみると程なく返信が来ました。彼は僕同様にずっと演奏活動を休んでいたようです。OrganJazz倶楽部でのライブをお願いするとこんな返事が帰ってきましたw。

 「ずっとピアノに触っていなかったんで、リハビリが必要です。お客さんで行きます!」
 
 弾いてもらわなかったら困りますw。もう一度お願いすると

 「できそうな曲を数曲だけ参加ってことでお願いします」

 相変わらず慎重ですw。最終的には「なんとかリハビリしておきます」ってことで、出演オーケーをもらいました。やり取りの中で、阿部君は今回お願いしたドラマー公手君のことを知っていることがわかりました。慶応大ジャズ研にふたりはある時期出入りしていたようで、お互い面識もあるし、何回か一緒に演奏をしていることがわかりました。

 阿部君はこれまた、かつてバンドで一緒に活動したドラマー宇山満隆君のアドレスを知っていました。連絡を取ると返信があり、「懐かしいですね!再開セッションやりましょう!」と話が盛り上がりました。

 こんな感じで、次回のライブのメンバーは武田謙治(g)阿部義徳(p)矢野伸行(b)公手徹太郎(ds)の4人での出演が決まりました。

 新しい仲間の矢野君(b)、公手君(ds)、そして旧友阿部君(p)、辻君(b)、西尾さん(ds)、宇山君(ds)と常時連絡が取れるようになり、バンドとして活動継続の目処がしっかり立ちました!

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矢野っち3 公手っち abe.jpg
辻っち 西尾っち 103519_03.jpg






僕の音楽史(218)

【2014年7月】

 十数年もの長きに渡り音楽活動を休止しておりましたが、矢野伸行くんとのDUOで音楽活動再開しました。

 下の写真は当時の出演時のものです。表情を見ると我ながら本当に嬉しそうです。矢野君のプレイは当然のことながら素晴らしいものだったと思いますが、僕の演奏は正直ろくなもんじゃなかったのだと思います。全く記憶にはないのですが、まずは動き始めることに意義がありました。お客さんも久々のライブということで、結構会社関係の人達に声をかけたので、たくさん来ていただいたと思います。

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 もともとDUOだけで活動のつもりはありませんでした。というよりも、DUOで満足な演奏ができるレベルでは正直なかったと思います。(今でもそうですが....)DUOはギタリストとしてチャレンジですし、自分の演奏レベルを上げる意味では継続していくつもりでしたが、やはりどうしても「バンド」がやりたかったので、変わらずメンバーを探していました。

 ベーシストは矢野君に当然頼むにしても、ピアノとドラムがなかなか見つかりません。十数年ぶりの再開を果たし、リハも数回行った西尾さんは、家が我々とは離れており、働きながらのライブ活動での平日ライブは厳しく、活動が限定的になってしまうことがわかりました。そんな中、矢野君が「公手徹太郎」君というドラマーを紹介してくれました。

 当時の日本のジャズメンにはことごとく疎くなっていましたので、彼のことはその時まで知りませんでした。もちろん演奏だって聴いたことはありません。ネットで調べてみると、ギタリスト「宮之上貴昭」さんと共演し、阿佐ヶ谷マンハッタンのジャムセッション・ホストや活発なライブ活動を行っている方でしたので、演奏を聴くまでもなくお願いしました。あとでYoutubeの動画で実際の演奏を聴き、オーソドックスなジャズ・ギター・カルテットにはピッタリだと思いました。何よりも信頼する矢野君の推薦ですから全く問題は無いと思いました。矢野君経由でお願いしてもらい、彼は快く引き受けてくれました。

公手っち

 メンバー3人が決まりました。そうこうしているうちに、沼袋のOrganJazz倶楽部でのライブが決まり、グランド・ピアノがあるお店ということもあり、絶対にピアノを見つけなくては!と思いました。

僕の音楽史(217)

【2014年4月】

 ベーシスト矢野くんとはデュオで僕の近所のスタジオで数回リハを行いました。リハはリハでも、僕にとっては「リハーサル」のリハではなく、「リハビリ」のリハでしたw。矢野くんは僕の自宅から3、4つ先の駅に住んでいて、比較的自宅に近かったので、「夜のライブ仕事の前のウォーミングアップにちょうど良い」とわざわざ寄ってくれていました。何の準備もなく、ただ僕の弾くスタンダードの演奏に合わせてくれていました。正直言うと、彼レベルのべーシストのウォーミングアップになるほど僕はまだ弾けていなかったと思います。ギャラの代わりと思って、スタジオ代は僕持ちでやっていましたが、交通費使ってわざわざリハビリ中のギタリストに付き合ってくれたわけですから、今考えるとしっかりとギャラを払うべきであったと申し訳なく思っています。

 彼のようなミュージシャンを、このまま僕の練習のために繋ぎ止めておくわけにもいかないですし、やはりリハをスタジオでずっと続けるよりは、デュオで出演できるお店のブッキングをして、それに向けて練習する方が自分のためも良いだろうとも考えました。僕は所詮アマチュアでしたので、僕のようなミュージシャンでもブッキングができるお店、そしてデュオで出演するに手頃なスペースの店を色々とネットで検索しました。

 そんな中で、高円寺のライブバー「AG22」というお店を見つけ、コンタクトを取り、出演が決まりました。

 いよいよ活動再開です!

矢野っち3




 

僕の音楽史(216)

【2014年3月】

 ベーシスト矢野くんと再開を果たし、活動をともにする約束をするのと同時に、昔一緒にやっていたバンドのメンバーに連絡しようと試みました。まずは直近のメンバー(直近と入っても既に15年ほどの歳月が流れていましたが)阿部義徳(p)、辻啓介(b)、西尾研一(ds)の消息を探します。3人の名前はライブハウスのスケジュールでは見つけることができず、連絡先もわからなくなっていました。そんな中で、昔の携帯のアドレス帳からドラマー西尾さんのメールアドレスを見つけたので、早速メールを送ってみます。

 程なくメールの返信がありました。たまにトラで頼まれて演奏は継続していたようですが、レギュラーでの活動はないようでした。また、西尾さんはベースの辻くんの連絡先も知っていた事もあって、3人で渋谷のスタジオでリハをやることとなりました。

 15年ぶりにバンドで演奏しました。前にも書きましたが、自宅ではギターを継続して弾いていたものの、頻度は少なく、しっかりとした練習は行っていませんでしたし、ベース&ドラムでのトリオで演奏したのはまさに15年ぶりでした。もちろん細かいところでは、昔のようには弾けませんでしたが、時間が解決するだろう、そんなレベル感でした。辻くんや西尾さんは活動を続けているということもあって、全く問題なし、それどころかパワーアップしているように感じました。彼らは僕が演奏活動休止中は、テナーサックス八木敬之さんを中心とした色々なバンドで、僕の故郷である新潟での「新潟ジャズストリート」に参加し、好評を博していることはなんとなく耳にしていました。

 2回ほど渋谷でリハをやって、飲んで、音楽談義で盛り上がりました。もう、リハだけやって「あー、楽しかった!」では満足できるはずはありません。ピアニストの阿部くんの消息を探しつつ、一旦活動の拠点とするお店を探そうと思いました。


西尾っち 辻っち

僕の音楽史(215)

 【2014年3月】

 今回は今後活動を共にすることとなるベーシスト「矢野伸行」君とのことについて書きます。

矢野っち2


 彼とのことはすでに書いておくべきだったかもしれません。僕が音楽活動を活発に行なっていた90年代から既に多少の関わりがありました。僕の記憶が正しければ、彼を紹介してくれたのはギタリストの小泉清人(彼とのことは僕の音楽史(177)辺りを参照ください)さんだったと思います。僕は自己のグループでメンバー固定で活動していましたが、活動の幅を広げたいと考えた時期があって、彼に「ベーシストを紹介してほしい」と声をかけ、紹介してもらったと記憶しています。その後リハを何回か、彼が当時ジャムセッションのホストをやっていた阿佐ヶ谷「マンハッタン」に遊びに行ったりと親交を深めていました。オーソドックスなプレイを信条とし、抜群の安定感の持ち主でした。当時の僕のギターの中でのマルティーノやブルース・フォアマンの影響部分を気に入ってくれたのだと思います。公式のライブは1回位しかやりませんでした。一緒にリハをすると朝まで飲むことが多く、どちらかと言えば飲み友達でしたw。その後、僕が音楽活動を休止してからは一度も会っていませんでした。

 そんな彼をきっかけに音楽活動を再会するべく会いに行きました。池袋のライブハウス「P's」にアルトの「吉野みゆき」さんと出演している彼を訪ねました。

吉野&矢野

 ライブ演奏後に彼に声をかけます。僕を思い出すのに多少時間がかかりましたw。無理もありません。もう十数年も会っていないわけですから。「ギタリスト」「マンハッタン」くらいの言葉で思い出してくれ、「あー、あのときの武田さんですか!大変ご無沙汰しています!」ということで、すぐに昔の間柄に戻りました。

 ライブ終了後、結局昔のように池袋で飲み、昔話やミュージシャンの話題で久しぶりに盛り上がり、彼とともに活動を再開していこうと思いました。

 
プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に4年間師事。その後、自己のバンドで各種コンテストに参加する。
【主な受賞歴】
浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
横浜JAZZプロムナード '94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。その後は2014年夏より活動を再開。
現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブや講師として活動中。


【ギター教えます】
 僕は有名ミュージシャンではないですが、ずっと独学でやってきて「ジャズのアドリブが全くできない」とか「そこそこ弾けるようにはなったが、なんかジャズっぽくないなー」など、自分のギター・プレイに不満な方や伸び悩んでいる方の気持ちは一番わかっているつもりですし、そんな方達の手助けができるかなーと感じています。また、このブログで連載している「Pat Martino奏法研究」等について「もっと詳しく教えてほしい!」とか「一週間に一回ペースの小出しでなく、時間をかけてじっくり教えてほしい」みたいな人にも力になれるかな?と思ってます。

 東京都杉並区に住んでいますので、通える方は僕の自宅、遠方の方や通うのは大変という方にはリモートでも教えています。レッスン内容や頻度は生徒の方々の希望に合わせて決めています。

 興味のある方はメールやメッセージ、もしくはブログのコメント送信等どんなやり方でも良いのでご連絡くだされば詳細をお伝えいたします。

 それではお待ちしています!!

Mail : rymk.takeda@gmail.com

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