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僕の音楽史(205)

【1996年】

 新しいメンバー(武田、阿部、辻、西尾)での定期的な活動は新宿Jで年数回程と以前のメンバーでのコンテスト優勝からできたコネクションでのライブ演奏仕事のみでそんなに多くはありませんでしたが、月2くらいのペース行っていた東工大ジャズ研部室で行っていたリハーサルが楽しいものでしたので、何の不満もありませんでした。もともと「音楽でお金を稼ぐこと」を目的ではなく始めたものですし、たまたまコンテストに優勝したり、イベントで演奏する機会があったりで、「人に評価される嬉しさ」「人前で演奏する喜び」を知ってしまったので、演奏活動をしてギャラをもらっていましたが、ライブ活動が少ない事、ギャラが少ない事など何の不満もありませんでした。また、メンバーも同じような気持ちだったのだと思います。

 レパートリーはスタンダードが1/3、あとはパット・マルティーノ、パット・メセニー他僕の大好きなギタリストの楽曲でした。パット・マルティーノの楽曲は以前は例の人気曲「The Great Stream」のみでしたが、ライブ演奏を直近で見た影響もあり最近の楽曲からも数曲選んで演奏したり、マルティーノ直系のデイブ・ストライカーの楽曲も好んで演奏していました。

 下の動画はこのメンバーで初めて新宿Jで演奏した時のものですね。画面が暗くて見ずらいですが、ご覧になってみてください。僕のギタープレイ、当時はほんと指が滑らかに動いて良かったのですが、淡々と弾ききまくっているだけであんま面白くありません。まー、これは今も同じかw。阿部君、辻君、西尾さんのプレイは本当に素晴らしいです。阿部君のリズミックなプレイや辻君のスイング感、そしてソリストを強力にプッシュする西尾さんのプレイ。とにかくもう最高です。こんなメンバーとやれて改めてよかったと思います。



武田バンド3


テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

僕の音楽史(204)

【1996年】

 コンテストの時の審査員で僕のことを褒めてくれ、個人賞までいただいたギタリスト「岡安芳明」さんがレッスンをしていると言うので、通ってみることにしました。

 岡安さんとの関係は以前このブログにも書いた通りで、僕が出場したジャズ維新塾のコンテストで審査員を務め、僕は彼の個人賞「岡安芳明賞」をいただきました。その後、今はなきライブハウス「目黒SONOKA」で彼のライブを見に行った時に一度シットインさせていただいた、そんな関係でした。

 レッスンの内容はと言うと、以前の布川さんの時と一緒で、次から次へスタンダードを演奏し、アドバイスをもらう、そんな形で行われました。岡安さんと話しながら僕がテーマをちらっと弾くと、岡安さんが合わせて来てそのままデュオに突入。一回のレッスンで6~7曲位を演奏し、その演奏をMDに録音し、自宅でプレイバックして研究しました。もう、それはコピーしまくりましたw。この頃岡安さんはL-5を弾いていました。今ほどケニー・バレル色は強くなく、相方の僕が弾きまくるものですからw、触発されてかベンソン張りに弾きまくってくれました。とにかく王道のジャズギターは素晴らしかったです。もう、スイング&グルーブは強烈でした!

 彼はベンソンと同様に雨垂れ型のピックで逆アングルからピッキングするタイプで、もううらやましいくらいベンソン張りの速弾きを繰り出してきます。逆アングルのピッキング・スタイルについて手ほどきを受けて一時練習していたのですが、結局体得できませんでした。慣れないフォームで右腕や手首が痛くなり長続きしませんでした。

 働きながらライブ活動をしていたので、なかなかレッスンに通う時間が取れなくなったこともあり、3~4回ほどでレッスンに通わなくなってしまいましたが、とても有意義なものでしたし、改めてジョー・パス、ウェス、ケニー・バレル、グラント・グリーンなどの王道ジャズ・ギタリストの研究をし直すキッカケとなりました。

 レッスンの時に演奏したオレオを聴いてみてください。火の出るようなバトルが繰り広げられています。どっちが僕の演奏かは聴けばわかりますw。僕はこの時オベーションのナイロン弦を弾いています。今演奏を聴くと当時はエレガットでもこんなテンポで弾けたんだなとちょっとショックでした。

 いやー、岡安さん、素晴らしいです!また一緒に演奏する機会を持ちたいです。

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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

僕の音楽史(203)

【1996年】

 新しいメンバーはご機嫌でした。その理由は音楽的な力量もさることながら、僕も含めてメンバー4人とも社会的な立ち位置が同じ、音楽的な姿勢も近いようで、気兼ねなく付き合えるということが大きかったと思います。全員が働きながら演奏活動をしているということ、それでいて音楽的なモチベーションが極めて高い集団であったこと、演奏活動の質よりもむしろ「演奏すること自体」に楽しみを見出していたことなどが挙げられます。前回までのバンドはもう僕のバンドではなくなっていました。ライブの時に集まって簡単なリハののちライブ、そして次のライブまでは会わない...みたいな活動は僕は正直好きではありませんでした。今でも少なからずそうですが「バンド感」を出したいと感じていました。

 パット・マルティーノのライブを見たこともあり、彼の楽曲や比較的愛聴していたデイブ・ストライカーの楽曲、そしてスタンダードを中心にリハーサルを始めました。全員が東工大ジャズ研OBであることから、相変わらずジャズ研部室で月2〜3回リハを行なっていきました。

 楽器の話で言うと、この頃からジョージ・ベンソン・モデル(GB-10)をメインに使う様になっていました。今までずっとES-175NT一本でやって来て、ライブやツアーでトラブったことは幸い一度もなかったのですが、やはり万が一の時のスペア楽器が必要ということで、GB-10を購入していました。小ぶりなフルアコで軽いこともあり、スペア楽器どころかメインで使う様になっていました。したがってサウンドも随分と変化し、マイルドでダークなサウンドから抜けの良いカラッとした感じに変わっていたと思います。                       

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 誰かにギターを習って、もうひとつレベルアップしたいなと仕切りに感じる様になったのもこの頃で、コンテストの時の審査員で僕のことを褒めてくれ、個人賞までいただいたギタリスト「岡安芳明」さんがレッスンをしていると言うので、通ってみることにしました。
 

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

僕の音楽史(202)

【1996年】

 バンドのメンバーを変えようと思いました。理由は2つありました。

 一つは他のメンバーが忙しくなり、なかなか集まることができなくなったこと。リハはおろかライブをブッキングをするのが厳しくなってきました。もう一つはパット・マルティーノを見てからはまた管楽器なしのギター・カルテットがやりたくなったことです。

 他のメンバー達はもちろん僕のバンド以外にかけ持ちをしていましたし、少しづつ名前が売れて来て僕のバンドとの活動より優先すべき活動も増えてきました。このメンバーで僕のリーダーバンドは3期目だったのですが、何だかんだで一番活動期間が長いバンドになっていました。コンテストにも優勝しましたし、色々なイベントにも参加、もうなんとなくやり終えた感がありましたし、少しマンネリ感が漂ってきたので、潮時と思いました。

 吉祥寺西友前での演奏仕事があり、その時ちょうどドラマーの宇山君が参加できなく、トラで久しぶりに西尾さんに叩いてもらいました。西尾さんとはドラマーの西尾研一さんの事で、以前このブログでも紹介した最初の僕のバンドのレギュラーメンバーでした。数年ぶりに叩いてもらいましたが、相変わらず素晴らしい演奏で、新しいバンドは彼とまた一緒に始めることにしました。

 今度のバンドはギターカルテットにするつもりでしたので、残りのメンバーはピアノとベースです。ピアニストは第2期阿部義徳君にお願いしました。パットの楽曲のダークなサウンドを出すことと単音中心のソロを展開する僕のスタイルには彼のバッキングがどうしても必要と思いました。声をかけると快く引き受けてくれました。ベースは知り合いがもういませんので、例によってドラマーの西尾さんに一任しました。そこで連れてきたのが辻啓介君でした。

 こうして僕の第4期リーダーバンドとなる武田謙治(g)阿部義徳(p)辻啓介(b)西尾研一(ds)の4人が揃いました。僕以外のメンバー3人は皆東工大ジャズ研出身の某有名電機メーカー研究職(?)、理系偏差値高めwのバンドとなりました。そして4人とも言ってみれば「布川さん一派」のメンバーとなりました。

武田バンド3

 

 

僕の音楽史(201)

【1996年】

 「ヘリテージ・インターナショナル・ジャズ・ギター・コンペティション」の記事をジャズライフで見つけました。「インターナショナル」ってくらいなので、日本で優勝すると世界大会があるようです。もちろん自分のプレイがそんなレベルであるとは思っちゃいませんでしたし、今までコンテストで優勝してきたのはバンド演奏です。どっちかっていうと素晴らしいメンバーのおかげであることも分かっていました。ただ、あわよくば入賞、特別賞みたいなやつに引っ掛かってギターもらえないかななどと邪な考えが浮かびました。審査員を見ると師匠の布川さん、そして布川さんと師弟関係にあった当時絶賛売り出し中だった矢堀さんの2人が審査員でした。矢堀さんは布川さんを通して名前はよく聞いていましたが、当時はまだ面識がありませんでした。

 テープ審査で楽曲を送ることになっていたので、横浜のコンペティション・グランプリの副賞で録音したCDの中から1曲録音して応募しました。多分タイトル曲の「The Great Stream」を録音したと思います。

 審査結果が封書で送られてきました。結果は残念ながら  「落選!」

 ギターがもらえなくて残念でしたが、何の欲もなかったので、大してがっかりではありませんでした。がっかりどころか、布川さん、矢堀さんというグレイトなギタリスト2人の審査員寸評を見て満足でしたw。

 布川さん : もう君はこういうの出すの止めなさい!
 矢堀さん : とにかく上手い。トーンもあまりにそれっぽく、凄い。
        大変素晴らしいプレイ。言うこと無し。良く研究しています。
        恐れ入りました。

 今この手紙を見るとこの時グランプリを取ったのは何とグレイトギタリスト「小沼ようすけ」さんでした。いやー、恐れ多いです。こんな人が応募していたら、入賞なんてできる訳ありませんw。

 布川さんの指示に従って、今後このようなコンテストには一度たりとも応募していませんw。

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プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に師事し、各種コンテストにも参加。
【主な受賞歴】
浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
横浜JAZZプロムナード '94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。2014年夏より活動を再開。現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブ活動中。


【ギター教えます】
 僕は有名ミュージシャンではないですが、ずっと独学でやってきて「ジャズのアドリブが全くできない」とか「そこそこ弾けるようにはなったが、なんかジャズっぽくないなー」など、自分のギター・プレイに不満な方や伸び悩んでいる方の気持ちは一番わかっているつもりですし、そんな方達の手助けができるかなーと感じています。また、このブログで連載している「Pat Martino奏法研究」や「ジャズギター裏口入学」等について「もっと詳しく教えてほしい!」とか「一週間に一回ペースの小出しでなく、時間をかけてじっくり教えてほしい」みたいな人にも力になれるかな?と思ってます。

 東京都杉並区に住んでいますので、通える方は僕の自宅、遠方の方や通うのは大変という方に「Skype」で教えています。レッスン頻度は教わる皆様に合わせて決めています。

 興味のある方はメールやメッセージ、もしくはブログのコメント送信等どんなやり方でも良いのでご連絡くだされば詳細をお伝えいたします。

 それではお待ちしています!!

Mail : rymk.takeda@gmail.com

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