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2019年8月新潟ライブ紀行(6)

【2019年8月17日(2)】

 ギターを背中に担ぎ、コントラバスを転がし、ドラムパーツをガラガラと引きづり、3人のミュージシャンは万代シティの「みかづき」に向かいます(笑)。

 「イタリアン」この新潟市民がこよなく愛するB級グルメの最高峰、ソウルフードともいうべき「みかづきのイタリアン」を2人に絶対食べさせてあげなくてはと考えていました。

 万代シティは新潟駅から最初のライブ地でもあるジャズフラッシュとの中間地点、大きな荷物をバスに持ち込むのも気がひけるので、みかづきまでは歩いていき、そこでイタリアンを食べて一休みし、疲れを癒してからジャズフラッシュに向かうことにしました。

 少し道に迷いましたが、万代シティの「みかづき」に着きました。マックのような雰囲気になっています。

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 僕が新潟で暮らしていた高校までの間、イタリアンは2種類のメニューだけでありました。最初はいわゆる「イタリアン」だけ、その後「カレーイタリアン」ってのが新メニューとして追加されました。しかも、最初は金属プレート皿に盛り付けてあって、金属フォークで食べていたように記憶しています。高校くらいの時にお持ち帰りメニューが追加され、今のプラスティック容器とフォークが出て来たように思います。

 僕らが食べたのは下のメニュー。僕は昔なつかしの「カレーイタリアン」。多田君と茜ちゃんはそれぞれ違うメニューを頼んでいました。なんか色々種類がありましたね。

僕にとっては大変懐かしい味でしたが、彼らにとっては初めての味でしたが、気に入ってくれたようで、特に多田さんは「うまいうまい、東京でも食べたい!」としきりにつぶやいていましたので、来た甲斐があったというものです(笑)。

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食べながらジャズフラッシュのママさんにメッセンジャーを送って、PM1時過ぎに伺う旨を連絡します。

 そして、20〜30分ほど休憩し、台風一過の炎天下の中、ジャズフラッシュへ向かいます。

 つづく。

僕の音楽史(149)

【1990年】

 今回から1990年と前回の内容から約2年ほど先に進んでいます。

 音楽とは直接関係がありませんが、90年初頭に男の子が生まれました。そんなこともあって、僕も妻も子育てに奮闘していて、音楽どころではなかったのだと思います。バタバタしていて、あまり音楽的な出来事の記憶がありません。布川さんのレッスンは正確には覚えていませんが、子供が生まれる前に一時は休んでいて、子供が生まれてから再開したような気がしています。

 子育てのバタバタが少し落ち着いた頃に再びバンド組みたいという気持ちが再び強くなって来ました。

 ここで東工大の一色君というピアニストが僕の音楽史に登場してきます。どういう形で彼と知り合ったのか正直覚えていないのですが、多分、以前この記事にも書いた同じ東工大のベーシスト荻原さんから紹介してもらったのだと思います。彼も布川さんや荻原さんと同様、東工大のジャズ研メンバーでした。

 彼と一旦東工大のジャズ研部室で会い、簡単な音出しをして、一緒に活動をしてもらえるという意志を確認できました。これで「ようやくバンド活動ができる」と、とても嬉しかったように記憶しています。僕がやりたいバンド編成はギター、ピアノ、ベース、ドラムスのギター・カルテットでしたので、彼と残りのメンバー、ベーシストとドラムスを探そうということになりました。

 彼の知り合いベーシストや僕のライト時代の先輩ドラマー等、何人かと何回かに分けて一色君と部室で音出しをしました。いずれも方々も音楽的趣向の違い、本人が一緒に活動する気持ちがない、スケジュール的に無理などの理由から半年間ほどベースとドラムのメンバーが一向に決まらず、未だバンドでの活動ができず、メンバー探しは暗礁に乗り上げていました。

 そんな状態が続いて何ヶ月か経った頃のことです。一色君と彼の紹介するベーシスト、ドラマーと東工大部室で音出しをする約束をしていたのですが、約束のドラマーが時間が過ぎても来てくれません。ドラム抜きの3人で音出しをしましたが、面白くないので小一時間ほど演奏したのちに帰ろうということになって後片付けをしていたところに、入り口のドアが開いて大きな男性が入って来ました。

 この方が僕がその後、幾たびか音楽活動を共にすることになる素晴らしいドラマーの西尾さんでした。

※下写真は当時の東工大部室ではありません。
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ギター購入騒動記(108)

2019年9月4日(水)マジか!

 この日のライブで目ん玉飛び出るほど衝撃の事件が起きてしまいました!

 思い出したくもないことなのですが、気を落ち着けて書こうと思います。

 この日のトリオでのライブ、当然のことながら直近で購入したお気に入りのES-175VOSを使用しました。夜7時からのライブに備えて5時半頃から30分ほどリハーサルをお店で行いました。このトリオで数週間前に新潟演奏旅行に行き活動回数も増えて来たこともあって、簡単な確認だけを行いました。

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 リハを終え、ギターの置き場を探しました。そばにギター・スタンドがあったので、スタンドに立てかけます。ちょっと安定が悪いスタンドだったので、置くのを少し躊躇いました。置くと少しグラグラするので、スタンドの肢の長さを調節したり何回も置き直したりしました。一応安定したなと思ったので、その場を離れ足元のコード類をまとめたりしました。

 突然ものすごい音がしました。音のする方に目を向けると、なんと僕のギターはボディ前面を下にしてフローリングの床に転がっていました!びっくりして、すぐに楽器の元にかけつけます。

 まずはネックが折れていないかを確認します。なんと大丈夫でした。そのあとペグを見ます。折れたり曲がったりはしていません。弦をジャラーンと弾いて音を出してみます。なんとチューニングはまるで狂っていませんでした。そのあとはボディをチョックしました。木に陥没や大きな傷がついていないか?ノブが破損していないか?等。驚いたことに何一つ破損や傷はついませんでした。びっくりです。

 ものすごい勢いで硬い床に叩きつけられたのに、ネックが折れたりボディの陥没どころが何一つ倒れる前と一緒の状態でした。この事で「この楽器は特別な楽器なんだ!」という気持ちになり、ますます愛着が湧きました。

 その日の演奏は何一ついつもと変わらぬように演奏しました。もうギターが倒れたことなど忘れていました。

 自宅に帰り、明るいところでもう一度チェックしたほうがいいかなと思いました。明るい蛍光灯の元で確認します。そして愕然とします。ヘッドとネックの間に亀裂が走っていることを発見してしまいました。

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 お店の照明が暗いせいで気がつかなかったか、転倒時は入っていなかったものの弦の張力に耐えきれず後になって亀裂が走ったのかはわかりませんが、あんな倒れ方をしてやはり無傷であるはずはありませんでした。

 買ったばかりで、しかもとても気に入っていた楽器だけに、ショックで具合が悪なってしまいました......。

 




 

僕の音楽史(148)

【1988年】

 布川さんがレッスンの時に僕に尋ねます。

 「その後どう?バンドやってるの?」

 僕は相変わらずバンドを組んではいませんでした。昨年の秋に東工大の学園祭に布川さんがジャズ研にジャム・セッションに連れて行ってくれてましたが、その時のメンバーとは特に連絡先は交わすことなく終わっていました。

 「去年学園祭で一緒にやったベーシストなんだけどさ、萩原っていうんだけど、彼なんかいいと思うんだけどね?」

 布川さんがしきりに彼のことを勧めてくれます。そして電話番号(当時はまだ携帯もEメールもまだ普及していない時代です)を教えてくれました。

 現在の様にメールやラインなどのツールがあれば、アドレスを聞いたその日に気軽に連絡することができるでしょうが、ほとんど面識のない人間にいきなり電話をして「一緒にバンドやりませんか?」と誘うことは結構勇気が必要でした。

 布川さんから荻原さんの連絡先を聞いてから、確か何ヶ月かは連絡せずじまいだったと思います。ただ、やはりバンドをやりたい気持ちがどんどん高まっていき、とうとう勇気を持って彼に電話します。

 もちろん細かいやり取りは覚えていませんが、一度東工大の部室でリハをやる約束をしました。彼以外のメンバーはお任せすることにしました。

 はっきり覚えていることがあります。最初のリハの約束の日時、僕は突然のシステム・トラブルが起きてしまい、仕事をどうしても抜けることができずに約束をすっぽかしてしまうことになってしまいました。携帯などない時代ですから、連絡を入れることもできません。自宅に帰ってから慌てて彼に電話でお詫びを入れました。しょっぱな随分と失礼なことをしでかしてしまったものです。

 その後、何ヶ月か先に再度約束をし、東工大ジャズ研部室でのリハーサルが実現しました。

 その時のメンバーは武田謙治(g)阿部義徳(p)荻原光徳(b)平井景(ds)の4人でした。

 オール・ブルースやステラ、ソフトリーなどスタンダードを約2時間位演奏をしたと思います。現在はその時の録音テープは行方不明なのですが、その後通勤時にずっとウォークマンで聴いていた様に記憶しています。

 でも、結局このメンバーでのリハはこれ1回きりに終わりました。荻原君は学業と自己のバンド活動で忙しかったようですし、僕も積極的に声をかけるのもなんか気が引けてしまったのが理由です。

 その後、僕は仕事で新しいシステム開発のプロジェクト・メンバーに抜擢され、多忙になってしまい、布川さんのレッスンは継続していたものの気持ちは音楽から仕事の方へ移っていき、次第にバンド活動への意欲は小さくなっていきました。


 1989年は音楽的には全く際立ったイベントの記憶はなく、次回から話は1990年と約2年ほど先に進んでいきます。

 お楽しみに!

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2019年8月新潟ライブ紀行(5)

【2019年8月17日(1)】

 お断りして起きますが、今回から数回は音楽話とは全く関係ありません(笑)。

 ライブ当日17日の9時30分発Maxときで新潟に向かいます。Maxときは2階建て新幹線です。実家が新潟で新幹線を使い何度も行き来していた僕にとっては全く目新しいものではありませんでしたが、これだけで彼等は少し盛り上がっているようです。

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 一番気にかかるのは多田君のコントラバスが新幹線にうまいこと積めるかってことでしたが、事前にネットで調べた通り2階建てということもあって、デッキの天井はかえって高く、何とか収まりました。ただ、乗降口に傾けて置いていることもあって、停車駅で降り口が右側か左側かを気にしてその都度ベースを移動させにいく必要がありましたが、一番デッキ側の席であったこともあり、まー何とかって感じです。もっともベーシストは楽器の運搬には常に付きまとう問題で、彼は慣れているようでしたが(笑)。

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 新幹線の中では新潟の食べ物や地域のこと、これから演奏するお店JazzFlashやFlowerpopの事など僕が知っている情報を彼らに話しておきました。もっとも、実家が新潟といっても生まれてから高校まで18年間しか住んでいません。残りの40年は東京生活なので、限られた、偏った情報ですが....。

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 ドラマー茜ちゃんは刺身系が大好物とのこと、また「海が見たい!」とFacebookに書き込みしていたので、今回はそのどちらも経験させてあげようと思いました(笑)。彼女は日本海側は生涯初めてとのことでした。僕は昨年ピアニストの柳君と来た時はそんなことは考えてもみませんでし、日本海や新潟の美味しい海産物などもう何十年もご無沙汰していたので、ちょうどいいタイミングと思っていました。そうそう、新潟のソウルフード、イタリアンも食べてもらわなくてはいけません(笑)!っていうか、俺も食いたい!!

 2時間ほどで新潟に到着です。ホームに降り立ち、歩き始めてふとあたりを見回すと茜ちゃんがいません。

 「あれ?!」

 キョロキョロ見回すと先頭車両でMaxときのマークを背に自撮りしていました(笑)。

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 確かMaxときはもうまもなく上越新幹線からなくなると聞いていました。折角なので、3人でマークを背に自撮りしました(笑)。もう、完全に旅行気分です(笑)。

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 宿泊は駅南口すぐのアートホテルでしたので、先にチェックインをします。そして、重たい楽器を持ち、担ぎ、そして転がしながら、15分ほどかけて3人は万代シティ「みかづき」に「イタリアン」目指して暑い中テクテクと歩くのでした。

 つづく。

 
プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に師事し、各種コンテストにも参加。
【主な受賞歴】
浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
横浜JAZZプロムナード '94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。2014年夏より活動を再開。現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブ活動中。


【ギター教えます】
 僕は有名ミュージシャンではないですが、ずっと独学でやってきて「ジャズのアドリブが全くできない」とか「そこそこ弾けるようにはなったが、なんかジャズっぽくないなー」など、自分のギター・プレイに不満な方や伸び悩んでいる方の気持ちは一番わかっているつもりですし、そんな方達の手助けができるかなーと感じています。また、このブログで連載している「Pat Martino奏法研究」や「ジャズギター裏口入学」等について「もっと詳しく教えてほしい!」とか「一週間に一回ペースの小出しでなく、時間をかけてじっくり教えてほしい」みたいな人にも力になれるかな?と思ってます。

 東京都杉並区に住んでいますので、通える方は僕の自宅、遠方の方や通うのは大変という方に「Skype」で教えています。レッスン頻度は教わる皆様に合わせて決めています。

 興味のある方はメールやメッセージ、もしくはブログのコメント送信等どんなやり方でも良いのでご連絡くだされば詳細をお伝えいたします。

 それではお待ちしています!!

Mail : rymk.takeda@gmail.com

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