僕の音楽史(71)

【大学1年生(1980年~81年)】

 「サンダー・ライブ/カシオペア」のおかげで全く眼中になかった「慶應義塾ライトミュージックソサイエティ」の説明会に行ってみる気になりました。僕が入学した商学部は1~2年までは日吉キャンパスで授業があるのですが、説明会は三田キャンパスで行われるとのことで、わざわざ行くのも少し面倒ではありましたが、こんな機会でもないと三田に行くこともないので立ち寄ることにしました。

 バンド説明会とは言っても、バンドの練習が行われている大教室「505教室」の席に座って、PM6:00~8:00までの練習を見学する、いわゆる公開練習っていう感じでした。

 ジャズのビッグバンドの生演奏なんて、この前のオリエンテーションのライトの演奏が初めてなくらいでしたので、びっくりすることばかりでした。今回は、このびっくりしたことを覚えている限り書いてみます。

 まず、簡単なチューニングの後に、B♭ミディアムブルースのリズム演奏に合わせて管楽器の人たちがウォーミング・アップの音出しをしてます。管楽器経験もブラスバンド経験もない僕にとってはこれですらびっくりです。「はーはー、ギターやピアノと違って管楽器ってのはウォーミングアップしないと音が出せないめんどくさい楽器なのだな」  

 一通りのウォーミングアップのブルースが終わると、目ン玉飛び出るくらいびっくりした行動を管楽器奏者の方々が揃ってやりだしました。みんな楽器から「唾液」をダラダラと床に捨てだしました。
 
 「汚ねー」

 正直、目をそむけてしまいました。管楽器奏者としては当たり前の行動のようですが、初めて見る僕には衝撃で許せませんでした。(笑)

 一通り先輩たちの演奏が終わった後、楽器別に分かれて、見に来ていた新入生が演奏させられる時間がありました。その時はもっとびっくりしました。なんと管楽器奏者の先輩たちは使っていた楽器を平気で新入生に渡して吹かせていました! 

 「げっ、間接キッス!しかも男同士の!」

 僕の音楽レベルというかバンド経験はこんな程度でした。ずっとロックをやってきて、管楽器奏者とバンドを組んだこともなかったですし、少し潔癖症だったのかもしれません。

 僕もギター奏者のギターを借りて1曲弾かされましたが、この時点では僕のギターレベルはロックのパワーコード(1度5度のみ)、テンションといっても9thくらいしか弾けなかったのでもちろん全く弾けませんでした。そもそも4ビートってのが初体験でし、譜面を追って曲を弾くことなど初めてでした。

 正直、自分には無理だなと思いました。ビッグバンドの音楽そのものにも興味がわきませんでしたし、ジャズのことはまだ全くわかりませんでしたが、少なくともビッグバンドといのは「管楽器」が目立つフォーマットだなと思いました。僕はもっとギターが中心のフュージョンバンド、その時好きだった「カシオペア」や「リトナー&ジェントルソウツ」のようなバンドをやりたかったのです。もちろんまだそんな力量もなかったのですが・・・。

 練習も終わり、帰ろうと思いましたが、近くの喫茶店「ダンコーヒー(?)」で楽器別に説明会があるので来ないかと半ば強制的に誘われました。行ってしまうと「入部しませんと言いづらくなってしまう。」と考えましたが、それより「行きません!」と言う方が勇気が必要だったので(笑)、しょうがない、ついていくことにしました。

 つづく・・・・。

klms.jpg  

※写真は慶應ライトのものですが、僕が活動していた当時のものではありません。

慶応

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に師事し、各種コンテストにも参加。
【主な受賞歴】
浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
横浜JAZZプロムナード '94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。2014年夏より活動を再開。現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブ活動中。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR