僕の音楽史(65)

【高校3年生(1979〜80年)】

 夏休みの模擬試験の結果で「国立文系」から「私立文系」に変える決心をしたものの、受験する学校が今一つ定まりませんでした。そんな時、テレビのコマーシャルで「いい曲だなー」と思える歌を耳にしました。それはキリンレモンのCMソングでした。画面の左下にテロップで「レモンライムの青い風~Dream Of You / 竹内まりや」という事がわかりました。

takeuchi.jpg レモンライム


 「聞いたことない名前だな?!」

 そうは言っても、ロックやクロスオーバー以外の音楽は、その時にはさすがにレコードを買おうと思うには至りませんでした。

 数日後、何気なく本屋で雑誌を立ち読みをしていると、目に留まる記事がありました。それが「徹底解剖!最近話題の竹内まりや」みたいなタイトルの記事でした(もちろん正確には覚えていませんが・・・)。

 「あっ、あの竹内まりやか!やっぱりあのCMソングは話題になっているんだな」

 そのまま、記事を読み進んでいくと彼女のプロフィールが書いてあります。

 「慶応義塾大学文学部在学中・・・・ふーん、頭もいいんだな」

 慶応義塾大学が早稲田大学と並んで高偏差値の学校であることぐらいは、受験生である僕はもちろん知っていました。ただ、国立文系でずっとがんばっていたこともあって、どんな学校かも正直興味がありませんでしたし、私立文系だからといっても、諦めた一橋大学と同様、自分には入れないレベルの学校と思っていました。

 帰りがけに受験雑誌のコーナーに寄ってみると、当然のごとく慶応大学の赤本(大学過去問集のことです)が置いてあったので、文系である僕は経済学部の本を手に取ってパラパラとめくってみました。

 「え!数学があるぞ!しかも数Ⅰだけじゃなく、数ⅡBまである。あっ!世界史が小論文800字だけだ!」

 僕はもともと理系科目が得意でした。また暗記は大嫌いで、世界史を暗記するのは苦痛でした。

 高3の「理系・文系のクラス分け」の時に「見栄」「理系は女子がいないクラスになる可能性が高い」「理系は数学ができて当たり前、文系で数学ができる方が得なのでは?」という3つの理由から国立文系にしたようないいかげんな受験生でした。

 まず数学の問題を見てみます。「結構簡単だな」という印象でした。理系の数学に比べりゃ大したことないと思いました。一方、英語は「かなり手ごわいぞ」と思いました。そして次に苦手な国語の問題を見てみようと思いました。

 「あれ、国語の問題が出てないぞ!なんでだ?」

 最初のページで試験科目を見てみます。

 「あっ!数学・英語・世界史(小論文)の3教科、なんと国語がない!こりゃ、俺のためにあるような試験科目だぞ!」


 「レモンライムの青い風~Dream Of You」
 「竹内まりや」

  たったのこれだけで、あっという間に第一志望校が決まりました。



 「慶応義塾大学経済学部!英語さえ攻略すれば受かるかもしれない!!!!」




 

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プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に師事し、各種コンテストにも参加。
【主な受賞歴】
浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
横浜JAZZプロムナード '94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。2014年夏より活動を再開。現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブ活動中。

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