僕の音楽史(46)

【高校1年生(1977〜78年)】

 テレビの歌番組を見るのが結構楽しくなってきました。
 
 歌謡番組、以前は演歌といわゆる歌謡曲ばかりで、あまり興味がなかったのですが、この頃から結構見ごたえのある人たちが沢山出演するようになっていました。そんな中で一番はチャーでした。

気絶


 チャーは以前このブログでも書きましたが、彼が高校生?くらいに参加していた「スモーキン・メディスン」時代から注目していて、ファーストアルバムも聴いていましたし、名曲「スモーキー」ももちろん知っていましたが、彼の情報が新潟にはあまり入ってくることもなく、あまりのめりこまずにいました。そんな彼が「気絶するほど悩ましい」でテレビに頻繁に見かけるようになりました。

 まー、色々言う人もいるかもしれませんが、当時の「歌謡ロック(?)」路線、僕はそんな嫌いじゃなかったですね。たった数小節のギターソロでしたが、そんな短い中でも彼の才能は十分感じ取れましたし、とにかく他の出演者アイドルたちと並んでも遜色ないルックスでしたし、とにかくカッコよかった。そして「本当にやりたいことは別のことなんだろうな?」と思って聴いていましたし、多分そのうちにきっと好きなことをやり始めるだろうとも思ってましたね。

 それ以外に好きだったのは「沢田研二」でした。もちろん彼の歌も大好きでしたが、いつもバックを務めていた「井上堯之バンド」が最高にかっこよかったですね。彼の「シンラインのテレキャスター」から繰り出されるサウンドは渋くて最高でした。「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」の音楽も彼らの演奏で、ドラマの雰囲気にぴったりでしたね。

沢田 inoue.jpg


 番外編で「ピンクレディー」が好きでしたね。キャンディーズも好きでしたが、どちらかといえば「ピンクレディー派」でした。しかも僕は「ミー」と「ケイ」でいうと「ケイ」ちゃんの方が好きでしたね。「渚のシンドバット」が大好きな楽曲でした。また「UFO」の間奏はAマイナーの音階練習にはちょうど良く、コピーして指ならしに弾いていましたね。そんな関係で今でも弾けると思います。

OMC20160627渚のシンドバッドpinklady.jpg



 「パンクロック」なるムーブメントが台頭してきたり、レッド・ツェッペリンやイエスの活動が停滞していたり、パープルにはもうリッチーがいなかったりと、少し英国のロック界が個人的には面白くなくなってきたように感じていました。そんな関係で、テレビの歌謡番組に走っていたのかもしれないですね。


 

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プロフィール

武田 謙治

Author:武田 謙治
1962年生まれ 新潟県出身
小4よりクラシックギターを始める。
中学~高校時代はロック、フュージョンに傾倒。
慶應義塾大学入学と同時に、慶應ライトミュージックソサェティに所属し、ジャズの演奏を始める。
卒業後は、働きながら音楽活動を継続し、ジャズギタリスト布川俊樹氏に師事し、各種コンテストにも参加。
【主な受賞歴】
 浅草JAZZコンテスト グランプリ受賞
 吉祥寺JAZZコンテスト グランプリ受賞
 横浜JAZZプロムナード’94 コンペティショングランプリ受賞 横浜市民賞受賞
 キングレコード「日本ジャズ維新塾」 グランプリ受賞 岡安芳明賞受賞
 
1990年代は精力的に活動をしていたが、2000年に入り、十数年の間活動休止。2014年夏より活動を再開。現在は、都内を中心に、「日本一ギターのうまいサラリーマン」を目標にライブ活動中。
【ギタリスト武田謙治のブログ】
http://kenjitakeda.jp/
【Jazz Rock 必見動画!】
https://kenjitakeda.blog/
【Guitar Lesson のお知らせ】
http://kenjitakeda.jp/blog-category-12.html/

mail:rymk.takeda@gmail.com

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